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津地方裁判所 平成7年(ワ)306号 判決

主文

一  被告は、原審に対し、金三三万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から右支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、三重大学の学生であった原告が、同大学の助教授である被告にコンパの二次会のカラオケの席で馬乗りされるなどし、さらにこれに抗議をしたところ、教官の地位、権限を誇示され、大学教育を享受する上での不利益を及ぼすことをほのめかされて脅かされるなどして精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、慰謝料三〇〇万円及び弁護士費用三〇万円並びにこれに対する遅延損害金を請求した事案である。

一  争いのない事実

1(一)  原告(昭和五〇年二月生まれ)は、平成五年四月、三重大学教育学部美術科に入学し、平成七年四月、同大学三年生に進級するとともに、絵画を専攻し、絵画1、3及び版画の各講座を選択履修していた。

(二)  被告は、平成七年四月、同大学教育学部助教授として赴任し、その専門は洋画であり、美術科の学生の必須科目である絵画1、2、3、4の講座(一年生、二年生が履修。)と選択科目の絵画5の講座、絵画演習及び版画等の講座(主として三年生以上が履修。)を担当している。

2(一)  同年四月から被告の指導のもとで課題作品作成に取り組んできた三重大学教育学部美術科の学生らを慰労する意味で、夏休み前である平成七年七月二五日午後七時ころから、三重大学キャンパス内美術科棟(以下単に「美術科棟」という。)前広場において、美術科絵画専攻生を主要メンバーとする打ち上げコンパとして、材料買出しによる本件パーティー(以下「本件パーティー」という。)を行うこととなった。本件パーティーの参加者は総勢約二〇人で、その内訳は、被告受け持ちの絵画専攻生が一四、五名であり、被告受け持ち外の彫刻専攻生が五、六名である。

(二)  原告を含む女子学生四名は、同日の午後四時過ぎころから、被告の運転する車に乗って、本件パーティーの材料を買出しに行った。

本件パーティーは、同日午後八時ころから始まり、これには被告の家族や彫塑専攻のOBも加わった。原告、丁野夏子(以下「丁野」という。)、米山某(以下「米山」という。)及び織野某(以下「織野」という。)ら絵画専攻の三年生の女子学生四名は、全員本件パーティーが終わるまで残った。

3(一)  その後、二次会に行くことになり、被告及び原告を含む学生及びOBら一一名が数台の自動車に分乗して津市内のカラオケボックスに行った(以下「本件パーティーの二次会」という。)。

(二)  本件パーティーの二次会参加者は、当初カラオケ機材の使用方法を知る学生が無作為に入れた曲を、各自知らないものでも適当に歌っていたが、二順したあたりで、各自が好きな曲を選んで順次歌い始め、被告は、自分の番になった際に、歌を歌いながらトランクス(パンツ)一枚の姿になった。

(三)  入店してから二時間が経過し、二度目のカラオケの時間を延長したが、その後、被告は、ソファーの上に俯せになった原告に跨った。

(四)  その後、再度のカラオケ時間の延長はなく、二次会は終わりとなった。

4  同年八月二日午後四時過ぎころ、被告が三重大学の研究室において他の教官と雑談をしていたところに、原告と丁野が話があると被告を呼びに来た。被告が、美術棟内の部屋に行ったところ、そこには、原告及び丁野の他に美術科の学生である門脇某(以下「門脇」という。)、橋本某(以下「橋本」という。)、黒川某(以下「黒川」という。)、富永智美(以下「富永」という。)がいた、被告は、そこで、原告から、

「乙野先生へ

七月二五日絵画専攻主催のバーベキューパーティーにおいて、泥酔していたとはいえ、貴方が女生徒に侮辱行為をはたらいたという事を聞き、私達は大変ショックを受けています。今後教師という立場を弁えずにこのような行為を犯すことのない様十分注意して下さい。もしこの様な事が起これば、私達は法律の専門家に相談します。

九五年八月二日 美術科女子一同」と記載された文書(以下「本件文書」という。)を手渡された。

被告は、これを読んで、「これは甲野と俺の問題であり、甲野には謝らなければならない。しかし、女子一同と書かれた文書は受け取れない。」と返答し、本件文書を受け取らなかった。

5(一)  原告は、同年八月五日及び同月七日にアレルギー性皮膚炎の治療のために、片山医院に二度通院した。

(二)  原告は、平成七年一〇月に、絵画からデザインに専攻を変更した。

二  主たる争点

被告が、平成七年七月二五日の本件パーティーの二次会の席上でとった行動及び同年八月二日に原告の抗議に対してとった言動が、原告に対する不法行為に該当するか。

1  原告の主張

(一) 被告の加害行為について

(1) 被告は、原告を含む女子学生がいるのに、見せることを意識して、狭いカラオケボックス内で、ストリップショーの真似事をして、歌を歌い体をくねらせながら、シャツを脱ぎ、最後はトランクス一枚になり、トランクスを引っ張って陰毛を見せるなどの卑わいな振舞をし、さらに、嫌がる原告の手や首にかき氷を塗りつけたり、服の中に氷を入れたりして、女性である原告に不快感を与えた。被告の右加害行為は、原告に、視覚的な性的不快感を与えたもので、原告の意思に反する性的言動に当たる。

(2) 被告は、原告がトイレからカラオケボックスの部屋(以下「カラオケルーム」という。)に帰るや、原告の意思に反して、部屋の入口付近で原告の左手をつかんで引っ張り、ソファーの上に俯せに倒して、原告の臀部から腰にかけて馬乗りとなり、被告の太股と股間を押し付けて腰を上下に振るなどのわいせつ行為を行い、女性である原告に対し、強い恐怖や激しい生理的嫌悪感、屈辱感を与えた。被告の右加害行為は、原告の意思に反する身体的な性的暴力に当たる。

(3) 原告らが、平成七年八月二日に、本件パーティーの二次会の席における被告の原告に対する前記(2)記載の行為に対する抗議のために、本件文書を手渡したところ、被告は、それを読むや激怒し、声を荒げて、「これは甲野と俺の問題。女子一同と書かれた文書は受け取れない。合わせれば力になるって、これは暴力じゃないか。卑劣だ。最低だ。だから、そのやり方するんだったら、システム的にある力関係で私もやります。そのくらいの覚悟はできてるだろう。甘えるな。」などと原告らを恫喝した。また、被告の行為を「女性に対する侮辱だ。」と発言した女子学生をやり玉に挙げ、「お前は単位ないよ。何様なんだ。」と脅かした。

このように、被告は、教官としての優越的な地位に基づき、抗議してきた原告ら学生に対し、「システム的にある力関係でやる。」などの言動により、権力関係を誇示して、就学上の安全を脅かし、被告の行為に対する原告ら学生の抗議を封じ込めた。

(二) 被告の責任

(1) 学問、研究、教育の場である大学その他のキャンパスにおいては、指導教授や教師の学生、生徒に対する指導教育、成績評価、場合によっては卒業後の進学就職における権限には絶大なものがあり、職場における上司と部下以上の力関係が存在する上、ゼミナールや研究室等における人間関係は、職場以上に密接であって、先輩後輩といった上下関係も存在し、ここにおける人間関係の悪化は、学生生活、学校生活を圧迫しかねない。このような力関係、上下関係、人間関係のもとに「性的言動」が行われると、被害者の女性は、「性的言動」に耐えるか、教育指導の拒絶や成績評価において不利な扱いを受けたり、いじめや嫌がらせを受けるなど、学業上あるいは学生生活、学校生活上のデメリットを覚悟するかの二者択一を迫られ、最悪の場合、「性的言動」によって心身共に傷ついた上に退学を余儀なくされるといった深刻な事態に追い込まれるなど、職場におけるセクシュアル・ハラスメントと同様に、深刻な被害がもたらされる。このように、キャンパス内におけるセクシュアル・ハラスメント(以下「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント」という。)についても、職場におけるセクシュアル・ハラスメントと共通の原因及び被害の深刻さがあることから、キャンパス・セクシュアル・ハラスメントの違法性も職場におけるセクシュアル・ハラスメントと同様に考えることができる。すなわち、学問・研究・教育の場において行われる、性的な言動に対する、その女性の対応により、学業を遂行する上で一定の不利益を受けること、又は、学問・研究・教育の場において行われる性的な言動により、当該女性の就学環境が害されることをキャンパス・セクシュアル・ハラスメントということができ、これに当たるか否かの判断基準は、以下のとおりとするのが相当である。

① 先ず、当該行為が性的な言動であることを要するが、性的な言動としては、性的な発言、性的なもので視覚に訴えること及び性的な行動があげられる。

② 次に、その場所がキャンパス、すなわち、女性が、学問、研究を行い、あるいは、指導教育を受ける場所であって、学生生活、学校生活を送る場である必要があるが、基本的には学校内が中心であるものの、学校外での活動であっても、学問・研究・指導・教育あるいは学生生活、学校生活との関連性、参加者、参加が強制的か否かによって、キャンパスの延長といえる場合もある。

③ さらに、学業を遂行する上で一定の不利益を受けることを要するが、不利益の具体的内容としては、学問研究を行い、教育指導を受ける上での不利益、成績評価上の不利益、学生生活、学校生活を送る上での不利益があげられる。

④ 最後に、当該行為によって、就学環境が害されること、すなわち、意に反する行為により学問、研究、教育環境が不快なものとされ、個人の職業能力の発揮に重大な悪影響が及ぶなど、学問、研究を行い、教育指導を受ける上で、また、学生生活、学校生活を送る上で看過できない程度の不利益や被害が生じることを要するが、就学環境が害されたといえるか否かは、次のように、行為の性格によって判断されるものと解するのが相当である。すなわち、就学環境が害されうる行為の類型としては、イ 強姦行為、腰や胸などに触るなど一回の行為でも就学環境が害されうるもの、ロ 悪質な性的な噂、中傷、性的関係を求める発言、性的な冗談など繰り返し行われることによって就学環境が害されうるもの、ハ ヌードポスターの掲示など、継続的なことによって就学環境が害されうるものがあり、ロ及びハは、明確に抗議されているにもかかわらず放置されたままである場合、又は、ロ若しくはハの言動により心身に重大な影響があることが明らかな場合には、就学環境が害されたとすべきである。

また、セクシュアル・ハラスメントといえるためには、少なくとも、本人にとって、意に反した言動であり、就学環境が害されたことが必要であるとともに、平均的な女性の感じ方を基準にしても、被害にあった女性が意に反することを明らかにしている場合に、さらに行われる性的言動はセクシュアル・ハラスメントに当たるものと解すべきである。

(2) 前記各基準に照らせば、本件における前記(一)(1)ないし(3)記載の行為がキャンパス・セクシュアル・ハラスメントに該当し、不法行為が成立することは明らかである。

① 前記(一)(1)記載の行為は、性的なもので視覚に訴えること(わいせつなものの掲示)に、前記(一)(2)記載の行為は、セックス、ことにレイプをも連想させる行為であり、性的な行動(強制わいせつ行為ないし身体への不必要な接触)であって、いずれも性的言動に該当する。

② 前記(一)(1)及び(2)記載の各行為は、被告が指導教官として担当し、原告が受講する絵画の授業の打ち上げとして、被告の呼びかけによって開催された本件パーティーの二次会の席上で行われたものであるところ、専攻する授業の打ち上げコンパとして、専攻科目の指導教官でもある担当教官が計画し、参加を呼びかければ、学生としては、参加を拒否できない。また、原告らが一次会の途中で退席を申し出たところ、被告は機嫌を悪くして、「お前達のためにやっているんだぞ。」と言って、思いとどまるように言っているところ、このように途中退席を申し出て、思いとどまるよう言われれば学生としては、それを押しては退席しにくく、二次会についても参加を拒否しにくい。すなわち、本件パーティーへの参加は、原告にとって、被告によって事実上強制されたものであった。さらに、前記(一)(1)及び(2)記載の各行為は、担当授業の学生らが担当教官である被告に逆らえないのを知りながら、強行されたものであって、教官である地位を濫用してなされたものである。したがって、前記(一)(1)及び(2)記載の各行為は、キャンパスにおいてなされたものといえる。

③ 被告は、平成七年七月当時、原告の専攻科目である絵画の指導教官の立場にあり、通常の授業において絵画及び版画の指導を行うとともに、課題作品の講評、採点、単位の認定、卒業製作の指導、講評、採点を行う立場にあった。原告は、被告が右のような権力を持つ指導教官の立場にあったが故に、前記(一)(1)及び(2)記載の下品かつわいせつな振舞に甘んじざるをえず、強い不快感、恐怖感及び屈辱感を感じていた。そして、原告が、右のような行為をしないようにと自重を促そうとして、指導教官である被告に対し、「美術科女子一同」という集団かつ匿名名義の本件文書による抗議をしたのに対し、被告は、「システム的にある力関係で私もやります。」と指導教官としての権限を誇示し、指導教育、成績評価、単位認定等における報復をほのめかし、右抗議を封じ込めようとした。これにより、原告としては、教官といえども、何時襲いかかるかもしれない男性であって、安心も信頼できないとの恐怖感を植え付けられるとともに、被告の意に反することをすれば、指導教育、成績評価、単位認定等において、不利益な取扱いを受ける可能性が高いものと判断せざるを得ず、専攻科目の変更を余儀なくされたものであって、前記(一)(1)ないし(3)記載の一連の行為は、原告の就学環境の著しい悪化をもたらしたものである。

以上のとおり、被告の前記(一)(1)ないし(3)記載の各行為は、一連の行為であって、キャンパス・セクシュアル・ハラスメントに該当し、原告に対する不法行為が成立する。

(三) 原告の被った損害

原告は、被告による前記(一)(1)ないし(3)記載の各行為により、女性として耐え難い不快感、恐怖感、嫌悪感、屈辱感を被り、ストレスから顔中に湿疹ができ、連夜の不眠状態となり、体調を崩し、二回も病院へ通院した。

のみならず、原告はもともと絵画の専攻を希望し、将来は教師として、絵画を生かしたいと希望に燃えていたが、被告のわいせつ行為及びその後の恫喝行為などによって、被告に対する教官としての信頼を完全に失い、これ以上被告の下で指導を受ける屈辱には耐えられなくなり、平成七年一〇月に、絵画からデザインへと専攻を余儀なくされ、大学で安心して教育を受ける権利を侵害されるとともに、大学での友人関係、人間関係を破壊された。

このような精神的苦痛を償うには、金三〇〇万円をもって相当とする。

2  被告の反論

(一) 被告の加害行為について

(1) 原告の主張(一)(1)記載の行為について

二次会へ行くときの被告の服装は、上は半袖シャツ一枚、下はズボンとトランクスである。二次会が始まって三五分後くらいのころ、被告は、カラオケルームのディスプレイのあるステージのところで歌を歌ったが、最初は何の振付けもせず極めて普通に歌ったところ、歌詞の一番の時、場がしらけ気味になったように感じたため、歌詞の二番目に入ってから、大げさに振付けをして歌った。すると、居合わせた学生から「脱げー。」などのヤジがとんだため、半袖のシャツのボタンを外しながら、振付けをして歌った。ヤジがとび、笑声もしたので、被告は更に学生らに受けようと思い、ベルトを緩め、曲が終わると同時に腹をへこませたところ、ベルトのバックルが重かったため、ズボンが下まで落ち、被告はトランクス一枚の姿になった。被告の仕草は受け、場は大いに盛り上がった。その後、被告は、すぐにズボンを上げ、ステージ付近にある補助椅子に座り、シャツを着た。被告は、この際、殊更に股間を強調する仕草などはしていない。ロックミュージシャンなどが上半身裸になってステージ上で熱唱することはよく見受けられるところであり、被告がこの真似をしてシャツを脱いで上半身裸になって歌っても、美醜の差はあれ、とがめられるべきことではないから、不法行為には該当しない。

(2) 原告の主張(一)(2)記載の行為について

カラオケが始まって二回目の時間の延長をした後、被告が、別紙見取図①記載の本件カラオケルーム内の入口付近の補助椅子に座っていたところ、原告と丁野が部屋に戻ってきて、別紙見取図③に原告が、見取図②に丁野が座った。被告がふざけて丁野の襟に氷を入れようとしたところ、丁野がよけて、椅子に座ったまま前かがみになったので、被告は、さらに水谷の後ろにいた原告の襟に、右手に持った氷を入れようとした。すると、原告がこれを避けようとして、下半身はソファーに腰掛けたままの状態で、上半身のみをソファーの上に被告からみて左側に横倒しの状態になった。そこで、被告は、左足をカラオケルームの床につけて立ち、原告の背中あたりに右膝右足を跨ぐように乗せ、左手を被告の肩あたりまで上げ、右手を腰にあてがうポーズをとり、このポーズで大げさに笑う仕草をした。その後、被告は元いた席に戻った。被告が原告に対して行った行為の態様は右のとおりであって、性行為まがいのわいせつ行為は行っておらず、被告の行為がセクシュアル・ハラスメントに当たるものとの原告の主張はあたらない。

(3) 原告の主張(一)(3)記載の行為について

① 被告は、二次会当日においても、また、原告が他の女子学生らとともに八月二日に抗議に来たときにも、謝罪をしている。

② 被告は、本件文書を手渡された際、本件文書の内容について、泥酔はしていなかったこと、自分の知る限り差出人の主体が美術科女子一同全員とは思われないこと、それ故、同日抗議に来た者の意見というのであれば、その旨を明示するよう指摘をしたが、いずれも本件文書の事実に反する点についての反論をしたに過ぎない。

③ 原告が他の女子学生らとともに八月二日に抗議に来た際、原告が述べた「システム的にある力関係」「単位ないよ。」云々の言葉は、抗議をしに来た女子学生の一人である門脇が、原告が一人で抗議に来なかった理由として、「私たちは学生で弱い立場にある。授業とかのときも教官という権力的立場で生徒に接している。」と指摘したため、それに対する反論として、同人に対して発せられた言葉である。すなわち、右発言をした門脇は、受講中に自分の順番になる直前に授業拒否ともとれる退室を何度も行い、履修採点の提出期限を守らず、被告の授業の受講中に他の課目のレポートを作成し、これに対して注意をしても改めず、抗議に来る前日である八月一日にも、課題作品提出期限を一週間過ぎていたにもかかわらず、何の理由も述べずに「置いておきます。」と言って課題作品を提出した。被告としては、三重大学に赴任して以来、教官の権限を強権的に行使したことはなかったにもかかわらず、門脇より、権力的に接している旨の指摘を受けたため、今後、右門脇に対しては、教官として、講義、出席日数、遅刻、提出期限、結果などのシステムにより粛々と応対し、右のような門脇の授業態度、課題作品の提出状況からすると、通常単位はないとの趣旨で右発言をしたものである。また、原告は、前期に被告の授業を受講していたが、前年度に履修済みの単位であり、被告が、原告の単位を認定する立場にはなかったから、門脇の単位について言及したからといって、単位認定の話をほのめかして原告の抗議を封殺することにはならない。

(二) 被告の責任及び原告の被った損害について

以上のとおり、被告の加害行為とされるものは不法行為に当たらないから、被告は不法行為に基づく損害賠償義務は負わない。

第三  当裁判所の判断

一  証拠(各項掲記のもの。)及び弁論の全趣旨によれば、本件の経緯について、以下の各事実が認められる。

1  原告(昭和五〇年二月生まれ)は、平成七年四月から、三重大学教育学部美術科三年生として、絵画を専攻し、被告が担当している絵画1、3及び版画の各講座を選択履修していたが、原告の在籍していた小学校教員養成課程で必要な専攻科目の必修単位数を一、二年次に既に履修済みであった(甲五、六、九、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

2  同年四月から被告の指導のもとで課題作品作成に取り組んできた三重大学教育学部美術科の学生らを慰労する意味で、被告の提案により、夏休み前である平成七年七月二五日午後七時ころから、美術科棟前広場において、美術科絵画専攻生を主要メンバーとする打ち上げコンパとして、材料買出しによる本件パーティーを行うこととなった。本件パーティーの参加者は総勢約二〇名で、その内訳は、前記第一の一争いのない事実記載のとおりであるが、女子学生は一一名であり、うち三年生は五名であり、当時被告の指導の下で、絵画を専攻していた織野、米山、丁野及び原告の三年生の女子学生四名は全員参加していた(甲五ないし七、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

3  前記の原告を含む絵画専攻の三年生の女子学生四名は、同日の午後四時過ぎころから、準備のために被告の運転する車に乗って、肉や野菜などの食料品や発泡酒、ワイン、焼酎などの飲物などを買出しに行った。

同日午後八時ころから本件パーティーが始まり、被告の家族や彫塑専攻のOBも加わった。三年生の女子学生五人(前記の絵画専攻生四名及び美術教育専攻の黒川)のうち、原告及び丁野は、本件パーティーの途中で、被告に対して、早めに帰る旨告げたが、被告に引き留められ、その後、黒川及び丁野の二名が「明日のデザインの課題があるので。」と行って帰りかけたところ、被告が機嫌を悪くして、「お前たちのためにやっているんだぞ。」などと言ったため、両名は帰るのを止めた。原告は、本件パーティーの途中で、近くの店にコピーをしに行くなどしていたが、黒川と丁野が早目に帰るのを止めた経緯を聞いて、下宿で同居していた三重大学教育学部の卒業生でもある同人の姉にも電話で相談し、本件パーティーが終わるまで残ることにした(甲五、六、一六、一七、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

4(一)  その後、学生の発案で、二次会に行くことになり、被告及び原告を含む学生九名(そのうち絵画専攻あるいは受講の学生は五名で、他四名は彫刻あるいはデザインの専攻生である。)及びOB一名の合計一一名が、三台の自動車に分乗して津市内のカラオケボックスに行ったが、一次会に参加していた三年生の女子学生五名のうち、美術教育専攻の黒川及び絵画専攻生の米山及び織野の三名は帰宅し、一年生女子学生五名も帰宅したので、二次会に参加した女子学生は三名であって、そのうち二名が絵画専攻生である原告及び丁野であり、もう一名は絵画授業を受講している一年生の女子学生である丙野秋子(以下「丙野」という。)であった。黒川及び米山は、帰る際に被告に挨拶をして帰ったが、被告が引き留めるようなことはなかったし、被告が、他の学生に対して、二次会に行くように勧めるようなこともなかった(甲五ないし七、一六、乙一一、一六、証人丙野、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(二)  二次会参加者らは、カラオケボックスの六号室(前記のとおり「カラオケルーム」という。)に入り、部屋内のテーブル、補助椅子を隅に寄せ、ステージ前フロアを広くした。なお、カラオケルーム内の見取図は別紙見取図のとおりである(②ないし⑦は背もたれ付きのソファーであり、うち③はコーナー用ソファーであり、①及び⑧は補助ソファーであり、⑨はステージである。)。カラオケルーム内は、部屋の中央に電灯があり、ミラーボールが回っていたが、さほど明るくはなかった(検甲三ないし五、検甲八ないし一三、乙五の6ないし12、一一、一四の1、7及び8)。

(三)  二次会参加者は、当初、被告の発案で、カラオケ機材の使用方法を知る学生が無作為に入れた曲を、各自知らないものでも適当に歌っていたが、各自二順したあたりで、各自が好きな曲を選んで順次歌い始めたが、好きな曲を選び出すようになってからは原告と丁野は歌わなかった。中には、テンポの早い曲や、流行の曲にあわせて踊り出す学生もいた。被告が、学生らの意向を確認して、飲物としてウィスキーのボトルを注文したので、しばらくするとウィスキーと水割り用の氷が運ばれてきた(甲五、六、一六、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(四)  被告は、カラオケルーム内のステージ付近で自分の曲を歌っているとき、その場の雰囲気を盛り上げようと、曲の途中から、体をくねらせて踊りながら、ボタンを外して開襟の半袖シャツを脱ぎ始め、シャツを脱いで上半身裸になった後、曲の最後のころにズボンのベルトを外し、ベルトのバックルの重さでズボンを故意に足下まで落として見せて、トランクス一枚の姿になった。大半の学生には受けて盛り上がったが、カラオケルームの入口付近に座ってその様子を見ていた原告は、不愉快な気持になった。被告は、歌い終わると服を着て席に戻ったが、上着のボタンは外したままであった(甲五、六、一六、乙一一、一六、証人丙野、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(五)  入店から一時間経ったころカラオケ時間を延長したが、部屋の中のクーラーの効きが悪く、部屋の温度が上がって暑かった。被告は、「何一人で食ってんだよ。」などと言いながら、学生の食べていたかき氷を取り上げ、手に取ったかき氷を他の学生の口などに差し出したり、押しつけたりしてふざけ始め、水割りの氷を学生の首筋から背中に入れることを始め、原告を含む全員に氷入れを行って、はしゃいだ。その際、被告は、「暑いだろう。」などと言いながら、原告の手をつかんで氷を塗りつけ、さらに、首筋にも氷を塗りつけようとしたため、原告は隣に座っていた丁野の後ろのソファーの上に上半身を倒して、氷を入れられるのを避けた。原告は、被告の行為を非常に不愉快に感じた(甲五、六、一六、乙一一、一六、証人丙野、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(六)  その後、被告が部屋の外で涼んでいたところ、原告と丁野が、被告に対し、一年生の男子学生である岩本に関し、「一年生が酔っているようだ。」と言い、両名は、右岩本にも、「大丈夫か。」と尋ねた。部屋が暑かったため、入口のドアを何度も開閉して部屋の中の空気の入換えをした後、再び、男子学生らが歌ったり、踊ったりし始めた。入店から二時間経過後に、再度カラオケの時間を延長した。そのころになると、学生達は、カラオケルームを出たり入ったりしていた(甲六、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(七)  カラオケルーム内が暑かったので、被告が水割り用の氷を額にのせて入口付近に座っていたところ、カラオケルームのクーラーの前付近の床に座っていた一年生の女子学生である丙野が、被告のことを見て笑っているのに気づいた。そこで、被告は、ふざけて、丙野の背中に水割り用の氷を入れようとした。すると、丙野が、笑いながら、これを避けようとして、やや右肩が上になるように上半身を倒して床の上に俯せになったので、被告も、ふざけて、笑いながら丙野の背中の右肩胛骨当たりに、自分の左足を軽く乗せ、左手を上に上げ、右手を下に下げてポーズを取った。被告は、足を丙野の背中からおろすと、カラオケルームの入口付近に戻った(乙一一、一六、証人丙野、被告本人尋問の結果)。

(八)  トイレに行って来た原告が丁野と入れ違いにカラオケルームに入ると、入口付近にいた被告が、ふざけて、突然原告の手を取って強く引いたため、原告はソファーの上に肘をついて俯せになって倒れた。被告は、原告が倒れた方向を向いて、左足を床に着けたまま、ソファーの上に俯せになった原告の腰のあたりに跨って、上下に二、三回はねる動作をし、馬に騎乗している様子をまねて、大げさに笑った。被告は、間もなく原告に跨っていた右足を外したが、原告は屈辱感と恐怖感を感じたため、その場にいたたまれなくなって、トイレから帰ってきた丁野に、「もういや。」と言い残して、カラオケルームを出て行った。被告が原告に跨っている様子を見ていた女子学生の一人は、性的な行為は想像しなかったが、他方、被告は、原告がカラオケルームを出ていくのを見ていた学生の一人から、原告の様子がおかしいとの指摘を受け、自分でも羽目を外しすぎたと思ったため、カラオケルームを出て原告の様子を見に行った。被告は、原告に対し、「どうしたの。ごめんね。悪気はなかったんだけど。」などと言ったが、「冗談でもあんなことをされるのは嫌です。」と原告が抗議したのに対し、被告は、「冗談なんかじゃないよ。俺は何時だって本気だよ。」と答えた。被告は、「とにかく、機嫌を直して部屋に戻ろう。」などと言って、原告の手をつかんでカラオケルームに連れて行こうとするなどしたため、原告はほどなくカラオケルームに戻った(甲五、六、一六、検甲二、乙一一、一三の6及び7、一六、証人丙野、原告及び被告各本人尋問の結果[なお、乙一一、一六、証人丙野の証言及び被告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は除く。])。

(九)  その後、再度のカラオケ時間の延長はなく、二次会は終わりとなった(甲五、六、乙一一、証人丙野、原告及び被告各本人尋問の結果)。

5(一)  原告は、同月二六日午前二時過ぎころに、原告宅に泊まることにした丁野と帰宅して、同居していた姉と丁野に対し、被告が原告に対してした行為について、「いきなり被告が原告をソファーの上に押し倒し、臀部に馬乗りになって、かなり長い間何度も腰を振り、被告の体重と振動でその場から逃げ出せず、被告の動きが止まったときに必死の思いで逃げ出した」旨を説明した(甲五、六、一七、原告本人尋問の結果)。

(二)  被告と原告は、同月二六日午前一〇時過ぎころ、偶然美術科棟前で出会ったが、その際本件パーティーのことなどについて二言三言言葉を交わしたが、原告には、被告が前日の行為について反省しているものとは思われなかった。

原告は、同日のデザインの授業の際、授業に来ていた門脇、橋本、三船某(以下「三船」という。)に対し、本件パーティーの二次会における被告の行為について話をした。門脇及び橋本は、それを聞いて憤慨し、門脇は、他の教官に相談に行こうと提案した。

原告が、帰宅後、友人らが他の教官に相談しようと提案してくれたことを姉に話したところ、姉も、周りが協力してくれるのなら早く行動を起こした方がよいと助言したので、原告は、その晩、織野、富永、丁野及び三船に電話をかけ、相談したいことがあるので翌二七日に大学に来て話を聞いて欲しいと同人らに頼んだ。原告は、門脇及び橋本にもそれぞれ電話をかけたが、両名には連絡は取れなかった(甲六、一七、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(三)  原告は、翌二七日、三重大学教育学部美術科図書室に集まった織野、富永、丁野及び三船に対し、「本件パーティーの二次会でいきなり被告が原告をソファーの上に押し倒し、臀部に馬乗りになって何度も腰を振り、逃げ出しても、なお、腕をつかみ、部屋に連れ戻そうとし、『冗談でも嫌です。』と言っても、本気で取り合ってくれなかった」旨を泣きながら説明した。話をしている最中に、「どうしたの。皆集まって。」と言って、被告が美術科図書室に入ってきて、泣いている原告の顔を覗き込んだので、皆が「何でもないんです。」と言ったため、被告は、部屋を出て行った。集まった者達で相談した結果、日を決めて被告に対し抗義をしに行くこととなった。原告は、その晩、門脇の下宿先に行き、その日の話合いの内容とこれからの行動について相談した。被告は、原告の様子がおかしかったのは本件パーティーの二次会のことが原因と思い、同日午後一〇時一五分ころ、謝罪をするために原告宅に電話をしたが、電話に出た姉は、妹は入浴中である旨説明したので、電話をかけさせるよう頼んで電話を切った。しかしながら、原告は、原告の姉及び丁野と相談して原告からは被告に電話をかけないことにした(甲六、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(四)  原告は、同月三〇日夜、門脇から電話で、「門脇及び黒川が原告から説明された件について事情を知らない松山教官に相談に行ったところ、松山教官から文章にして被告のところに持っていってはどうかとの助言を受けた」旨を聞いた。門脇の提案により、美術科一同名義の文章をワープロで打って、被告に渡すことにした(甲六、原告本人尋問の結果)。

(五)  被告は、同年八月一日、門脇から提出期限を過ぎたオイルとデッサンの課題作品の提出を受けたが、門脇の従前の授業態度や右課題作品の提出時の態度がよくなかったため、非常に不愉快に感じたが、翌八月二日の午前中には、門脇の提出物の採点をした(乙一一、被告本人尋問の結果)。

6(一)  被告は、同年八月二日午後四時過ぎころ、彫塑研究室で他の教官と雑談していたところを、話があると原告と丁野から呼び出された。被告が、美術科棟図書室に行ったところ、そこには、原告及び丁野の他に美術科の学生である門脇、橋本、黒川及び富永がいた。被告は、原告から、前日の晩に門脇が作成した

「乙野先生へ

七月二五日絵画専攻主催のバーベキューパーティーにおいて、泥酔していたとはいえ、貴方が女生徒に侮辱行為をはたらいたという事を聞き、私達は大変ショックを受けています。今後教師という立場を弁えずにこのような行為を犯すことのない様十分注意して下さい。もしこの様な事が起これば、私達は法律の専門家に相談します。

九五年八月二日 美術科女子一同」と記載された本件文書を手渡された。

被告は、これを読んで、「お前ら皆ここに座れ。これは甲野と俺の問題だから、甲野には謝らなければならない。しかし、女子一同と書かれた文書は受け取れない。筋違いだ。」と返答した。

その後、被告は、本件文書の差出しに加わっていた門脇に対し、強い口調で、「お前は自分の名前で何を書いた。力によっているじゃないか。(中略)だからそのやり方するんだったら、システム的にある力関係で私もやります。」「でも、こういうやり方は俺は嫌い。お前ら本当に卑劣だよ。お前らの卑劣さには、俺は卑劣にやろうか。お前、授業何日休んだ。何日遅刻した。授業中何やってた。授業外で作ってて、何言ってんだよ。ふざけるな。外部で作ってんのは、お前の時間でやってることだろう。授業ではっきり言や。お前、単位ないよ。(中略)義務果たせよ。(中略)最後の講評会出たか。ふざけるな。お前のやった無礼ってのは、一体なんだよ。」などと厳しく叱責し、その前日に門脇が期限後になって提出した作品の講評をしたことに関し、「昨日もそうだよ。俺の時間が俺だけのためにないっていうのがさ。寂しかったな。あんた帰った後さ。何で採点してんのかなと思って、ばかばかしくなっちゃった。」と言った。

原告が、美術科女子一同という形式をとったことに関し、「でも、私たちは学生で、どう考えても立場的に先生より弱い立場でしょう。その立場での皆が集まって力を出すことは卑劣じゃないと思うんです。」と述べたのに対し、被告は、勉強する権利を踏みにじるようなことがあれば、団体でまとまればよい旨述べたが、さらに、「学生と教官で、一個の人間じゃないか。そういう力関係俺の中にはないと言っても、なくせないよね。(中略)ただ、やっちゃいけないことって、一杯あるんだよ。それやったっていうことは、だから申訳なかったとほんと思うよ。(中略)皆やっぱり、甲野が恐怖感感じたっていうので、皆も同じように感じるのもそうだと思うし、そういう状況作ったって言うのも、本当申訳ないと思う。」などと述べた。

また、被告は、原告が個人として抗議をすることや自分が原告に対してしたことに関しては、原告を含む学生らに対し、「甲野がちゃんと俺に言えばいい。俺に言っただけですまないんだったら、そういうしかるべき形をちゃんととればいい。」「だから甲野が怒ってるのは、甲野個人の問題だから、もう甲野がやるようにやっていい。甲野にちゃんと謝る。」「こういうところで強い力使わなくったって、(中略)、被害を受けたって思うんだったら、それで通るんだよ。俺がちゃんと謝罪しなきゃいけない。そのルールはちゃんと守る。こういうやり方しなくたってちゃんとやる。辞めて貰いたいって言うんだったら、ちゃんとそうやってしかるべき方法をとれば辞める。」「やり方が卑劣だと思うんだったら、きちっとやるべきだろう。」「暴力以上だよ。お前に対してやったのは。物理的に客観的に見て暴力だろう。飲み会の時にやったこと。俺はふざけてやったよね。氷を入れたのも女だけに入れてるわけじゃない。」「片一方で、丙野に同じことやってんだ俺。だから、丙野は、もう喜ぶってことはないけど、下で笑ってたの。その後、甲野が入ってきて、甲野にも同じことやったの。(中略)性的な暴力とか、性的にね、性的な力関係でお前に単位あげるとか、そういうことってのは俺一切やってないつもりだし、そういう気持はないしさ。」「甲野は被害者だと思う。先生と生徒っていうことでの力関係。俺がないと言ったってあるわけだよ。現実に。それは弱い側が言うことであって、(中略)甲野があると言えば、あるんだよ。」「俺がやったことと、もう皆がやってることは全然レベルが違ってさ。はっきり言って犯罪だから。」「そういうことで迷惑かけた。人間的な不信とか、教官に対する不信とかね、そういうことを生んだってことに関しては、俺がやるべきことじゃなかったからちゃんと責任とろうと思う。(中略)甲野もっかいさ、こういうことで嫌な思いしたって、出しなよ。俺その方がすっきりするし、ちゃんと謝るから。」などと述べ、途中で部屋に入って来た田端教官に対し、「彼女の上に馬乗りになって、Tシャツの中に氷入れたりとかして、はしゃいじゃったりとか。」などと事の成行きを説明した。さらに、被告は、「教官としての権利とか、権威みたいなことで暴力的に喋ることは一言でもあったか。一切やってないよ。(中略)お前らにやる気があるかどうかということで一番重要視したいってのがあったからだ。甲野が、ずっと、あの油絵描いてて、(中略)甲野があんだけ油絵頑張ったから。俺そう思った。」などと述べた。

被告のこれらの発言を受けて、富永は、原告らの抗議の趣旨には賛同できなくなったと思ったので、途中で退室し、橋本も、「先生、先生自体もすごくあの甲野さんのことに関して、反省してくれるっていうような態度を見せてくれたんで、」などと述べた。

また、橋本が、単位に関連して、「版画の授業に関しては、本当に不真面目だったと思うので、単位なくても構いませんので。」と述べたのに対して、被告は、「ちゃんとあげるよ。単位はもらった後考えればいいんだよ。こんなもんで単位もらったら後ろめたいと思ってさ、勉強すりゃあさ。(中略)単位もらってから、この単位は嘘だったって、自分でもっと頑張んなきゃって、思ってくれる人が一杯いればさ、俺一番有り難いと思ってたわけ。だから、今うれしいよ。」などと述べた。

田端教官が、部屋に入ってきて、原告に対し、被告に対して確認しておくことはないかと尋ねたのに対し、原告が何もないと答えたため、本件文書を田端教官に預け、原告らは解散した。

なお、原告は、被告が謝罪する意思がないものと判断し、途中から被告の話す様子を予め用意してきた録音機で録音していた(甲一、二、四、六、検甲一、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(二)  被告は、同日の晩、原告宅に電話をかけ、「今日はごめんね。本当に申訳ない。君には絶対あんなことしないから。甲野にはしない。男性恐怖症にならないでね。」などと言い、原告が「門脇のことが残っている。」と問い質したのに対し、「門脇の課題は採点済みである。」と説明した(甲六、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

7(一)  原告は、同年八月三日午後四時ころ、丁野とともに大学に行ったが、その際、偶然被告と出会った。被告は、丁野に対し、「ごめんね。悪気はなかった。分かるでしょ。」と言った。また、原告は、被告から合宿に参加するかどうか確認されたのに対し、参加しないと回答し、本件文書の作成者が「美術科女子一同」かどうかの確認に対して「一同ではない」旨回答した。最後に、被告は原告及び丁野に対し、「俺が大学にいる間は、あなた達が一番気にしている卒業単位は絶対あげるからね。」と言った(甲六、乙一一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

(二)  原告は、同月五日の朝、額と頬に湿疹が出てきたため、同日及び同月七日に治療のために、片山医院に二度通院し、アレルギー性皮膚炎との診断を受けた(甲三、六、原告本人尋問の結果)。

(三)  その後、原告は、本件について、原告代理人らに相談し、これを受けて、原告代理人らは、被告及び被告の勤務する三重大学の学長に対し、被告の行為について「卑猥な振舞をした。」「性行為まがいの猥褻な行為に及んだ。」との記載をした、今後如何なる対応をするのかについての回答を求める同年八月二三日付の内容証明郵便を送付し、八月二五日に同書面は、それぞれ被告及び三重大学学長の下に到達し、さらに、三重大学学長に対し、事案の解明及び大学としての適切な対応を求める同年九月二二日付内容証明郵便を送付し、同書面は九月二五日に到達した(甲一一の1及び2、同一二の1及び2、乙一)。

(四)  原告は、平成七年一〇月に、絵画からデザインに専攻を変更した(甲六、原告本人尋問の結果)。

(五)  本件訴訟の提起に伴い、原告の要望により、原告代理人らによる記者会見がなされ、本件訴訟の提起は、複数の新聞により報道されるところとなり、一部の新聞では、「パンツ一枚になって女子大生に馬乗り」「パンツ一枚で女子学生をソファに押し倒し他の生徒の目の前で……」との見出しの下に、原告の主張とも異なる趣旨の記事が掲載された(乙六の1ないし10、原告本人尋問の結果)。

二  不法行為の成否及び損害について

1  以上の各事実を前提に、右認定事実記載の被告の各行為が不法行為に当たるか否かについて検討する。

2  先ず、第三の一4(四)及び(五)認定の被告の行為が原告に対する不法行為に当たるか否かについて検討するに、いずれの行為も、被告の地位、年齢等に照らすと、節度、品位に欠けるものであったことは否定し難いが、任意参加の本件パーティーの二次会における余興の趣旨でなされた行為であって、ことさらに女性である原告のみを標的とした行為ではないこと、(四)記載の行為は有形力の行使を伴わないものであって、原告としては目を背けるとか、退室するなどして被告の行動を視野の外に置くことは極めて容易なことであったこと、(五)記載の行為も、その有形力の行使の態様、程度は、身体的な自由の拘束を伴わない比較的軽微なものであることなどからすると、いずれも不法行為には当たらないものというべきである。

3  また、第三の一6(一)認定の八月二日の原告らの抗議に対して被告がなした言動が不法行為に該当するかについて検討するに、相手が女子学生であることや被告の地位、年齢等に照らすと、口調や言葉遣いに不適切な面があったことは否めないが、その内容は、前記認定のとおりであって、「システム的な力関係」云々の言動は、概ね門脇に対して向けられた発言であることは明らかであること、原告が法的な手段をとることについては、何ら掣肘しない趣旨の発言を繰り返しており、原告の抗議を封殺する意図があったものとは認め難く、内容的にもそのような趣旨の発言ではないことからすると、八月二日になされた被告の発言が、本件パーティーの二次会でなされた被告の行為に対する原告の権利行使等を妨害するためになされた脅迫であるものと認めることはできない。また、原告は、本件パーティーの二次会直後から、直ちに友人の学生に相談し、友人の学生を通じて、他の教官にも相談して、八月二日には友人らとともに被告に対する抗議を行い、その際、後日に備えて被告の言動を録音し、その後、法律の専門家である原告代理人らに相談して、被告及び被告の勤務する三重大学学長に抗議の文書を送付するなど、被告の行動に対して毅然とした対応を取っているのであって、被告の発言などによって、原告の抗議が封殺されたとか、権利行使を抑圧されたとの事実も認め難い。

4(一)  これに対し、前記第三の一4(八)記載の被告の行為(以下「本件加害行為」という。)は、故意になされた女性である原告の身体に対する不必要な有形力の行使であり、その態様及び程度からいって原告の意思に反することも明らかであって、節度と品位の欠如にとどまらず、社会通念上許容される範囲を逸脱する行為と評価することができ、被告の意図はともかくとしても、本件加害行為の態様が見方によっては性行為をも連想させるものであったため、これにより、原告に著しい屈辱感と恐怖感を抱かせて精神的苦痛を与えたものということができる。したがって、被告は、原告に対し、不法行為責任を負うものというべきである。

そして、原告の味わった屈辱感及び恐怖感が大きなものであったことは推察されるが、本件加害行為の態様、程度は、前記認定のとおりであって、身体的な自由を奪われた時間もごく僅かにとどまること、主観的には、ことさらに女性である原告との接触を目的とする行為というより、余興のつもりでなしたざれ事であって陰湿さもなく、それを見ていた女子学生の一人も自分は性的な行為は想像しなかった旨供述していること、被告は、本件加害行為によって原告に不愉快な思いをさせたこと自体については認め、不十分ながらも謝罪の意思を明らかにしていること、原告が被告に対し抗議の意思を表明した以後は、原告に対して同様の行為はしない旨明言し、反復性や継続性はないことなど諸般の事情に鑑みると、原告の被った精神的損害に対する慰謝料の額は、三〇万円と認めるのが相当である。そして、事件の難易、認容額、審理の経過等に照らすと、前記不法行為と相当因果関係のあるものとして被告に賠償を求めうる弁護士費用の額は、三万円が相当である。

(二)  なお、原告は、被告が男性であり原告が専攻する絵画担当の助教授であることや原告が女性であり被告の担当する絵画の専攻学生であることが、本件加害行為の違法性及び被告の責任を基礎付ける重大な要素であって、被告の一連の行為は、被告の有するかかる優位な地位を利用してなされたものである旨主張する。

しかしながら、本件加害行為はそもそも学外で行われたコンパの二次会での出来事であるところ、原告が本件パーティーの二次会に参加するに至った経緯、その参加人数及び原告の年齢等に鑑みれば、本件パーティーの二次会への参加まで担当教官である被告によって事実上強制されたものであるものとは言い難いこと、前記のとおり、本件加害行為はことさらに女性である原告を標的としてなされたものとは言い難いこと、原告は、本件被害後、直ちにカラオケルームから逃げ出し、追いかけてきた被告に対して抗議をしていることなどに照らすと、原告が本件加害行為による被害に遭遇したのは、不意になされたため避けることができなかったというに過ぎず、被告が専攻科目の担当教官である地位を利用して本件加害行為に及んだものとか、被告が担当教官であるために原告が意に反する有形力の行使を甘受せざるを得なかったなどの事情は認め難い。

(三)  また、原告は、被告の本件加害行為などにより専攻の変更を余儀なくされた旨主張するが、前記のとおり、被告が原告の学業上の不利益をほのめかして原告の抗議を妨害したとの事実は認められないこと、本件加害行為の態様及び程度は前記認定の程度にとどまること、本件加害行為は、本件パーティーの二次会で単発的に行われたものであって継続性や反復性はないこと、原告が八月二日に抗議をした後も、被告は原告に対して単位は心配しなくてよいという趣旨の発言をしていること、原告がすでに夏休み期間中のうちに法律の専門家である原告代理人らに対する依頼を行い、被告のみならず三重大学学長に対しても、被告の行為に対して適切な対応を求める趣旨の書面を送付していることなどの事情に照らせば、本件加害行為によって原告が抱くに至った不安や恐怖が再度現実化する虞はなかったということができるから、専攻の変更は、被告の行為によって余儀なくされたものと断定することはできない。

三  結論

よって、本訴請求は損害賠償請求金三三万円及びこれに対する不法行為後である平成七年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の部分については理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 新堀亮一 裁判官 藤井聖悟)

別紙〈省略〉

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